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No.95新着 十代目柳家小三治 マクラで笑わせた、人間国宝の落語協会会長

十代目柳家小三治は、噺の前置きであるマクラで人気を集めた。1969年に17人抜きで真打となり、2010〜2014年に落語協会の会長を務め、2014年に人間国宝となった。2021年に没した。

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登録日時
2026年10月31日 09:43
出典を確かめた日
2026年10月31日
分野
噺家と作り手
立場
事実・データ
タグ
古典落語新着江戸落語新着落語協会・芸術協会新着師弟・系譜新着
芸人・番組
十代目柳家小三治、五代目柳家小さん、落語協会、ま・く・ら、落語家論
資料の種類
事典・概説
年代
1939〜2021年

本文と出典

あらまし

十代目柳家小三治は、本名を郡山剛蔵といい、1939年12月17日に東京で生まれ、2021年10月7日に81歳で亡くなった。師匠は五代目柳家小さんである。
噺に入る前の前置き「マクラ」で人を笑わせることから、「マクラの小三治」と呼ばれた。真打昇進は1969年で、この年に十代目柳家小三治を襲名した。

主なできごと

・1939年 東京に生まれる
・年不明 五代目柳家小さんに入門、前座名は小たけ(入門年は確かめた資料に書かれていない)
・1963年 二つ目に昇進し、さん治と改名
・1969年 真打に昇進、十代目小三治を襲名。17人抜きの抜擢だった
・1998年 エッセー『ま・く・ら』
・2001年 『落語家論』
・2005年 『バ・イ・ク』
・2010年 6月、落語協会の会長に就任
・2014年 6月、会長を勇退して顧問になる。この年、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定
・2019年 自伝『どこからお話ししましょうか』
・2021年 10月7日、心不全のため没する

くわしく 小三治という名

小三治は柳家の名跡で、十代目はこの記事の人である。出典には、六代目、八代目の小三治もいる。小さん門下で、二つ目のときにさん治と改名し、真打で小三治を継いだ。
談志も同じ小さんの弟子であり、同じ師匠の下から、一人は協会を出て家元を名乗り、一人はのちに協会の会長になった。進んだ道は大きく違う。

くわしく マクラ

小三治のマクラは、噺と同じくらい楽しみにされた。高座全体がマクラだけで終わることもあった、とウィキペディアにある。マクラの中身を本にしたのが、エッセー『ま・く・ら』である。

くわしく 会長と人間国宝

落語協会の会長は2010年から2014年まで。その後は顧問になった。2014年には、落語家として人間国宝となった。訃報は2021年10月に出ており、死因は心不全と伝えられた。

くわしく 真打までの歩み

入門後の前座名は小たけで、1963年に二つ目になると同時に、さん治と改名した。真打に上がったのは1969年9月で、先に入門した多くの噺家を飛び越える17人抜きの抜擢だった。小三治の名は、本名・高橋栄次郎の八代目のほか、六代目もいた名跡で、十代目はそのあとに当たる。

くわしく 著書と師匠

著書の『ま・く・ら』は1998年、『落語家論』は2001年、バイクの趣味を書いた『バ・イ・ク』は2005年、自伝『どこからお話ししましょうか』は2019年に出ている。高座の語りだけでなく、文章でも読者を持った噺家だった。
師匠の五代目柳家小さんは、2002年5月16日に87歳で亡くなった人間国宝で、古典落語の第一人者とされた。小三治は、その小さんから稽古をほとんどつけてもらえなかった、という追悼記事の記述がある(毎日新聞系の記事。記事そのものは今回開けておらず、検索結果の要約による)。
会長就任は2010年6月、勇退は2014年6月で、勇退後は顧問になった。人間国宝の認定は、その2014年のことである。

くわしく 落語協会の会長として

落語協会の会長は、古今亭志ん生が1957年から1963年まで四代目として務めたという記述がある(ウィキペディアの志ん生の項)。小三治は2010年6月に就き、4年後の2014年6月に勇退した。師匠の小さん、そして談志との1983年の対立を知る世代が、のちに協会を預かったことになる。協会の会長という立場は、寄席の出演や真打昇進の決まりに関わるため、噺家の社会的な地位を映す役職でもある。

なぜ受けたのか

客席には、噺の前に「いま何を話すか」を楽しむ人も多かったと考えられる。小三治は、決まった噺の型の外でも、日常のことを語りで面白くできる噺家だった。高座の語りがそのまま読み物になって、落語を聞かない人にも届いたことも、人気を広げたと考えられる。

くらさんの考察

談志と小三治のように、同じ師匠の下から、まったく違う道に進んだ二人が出たことは、小さんの一門の幅の広さを示すと考えられる。

ジージへの問いかけ

・ジージは、噺よりマクラのほうが面白いと感じたことがありますか。
・人間国宝の落語家というと、誰が頭に浮かびますか。
・協会の会長というのは、噺家にとって名誉なことでしょうか、それとも重荷でしょうか。

確かめられなかった点

小三治の入門年と、訃報の詳しい経緯は、出典で確かめきれていない。死因(心不全)と没日はウィキペディアとコトバンクで一致している。2026年時点で落語協会会長が誰かは、この記事の範囲外で確認していない。

出典

・コトバンク 柳家小三治 https://kotobank.jp/word/柳家小三治-1429610
・ウィキペディア 柳家小三治(2026-10-31 閲覧。10代目の項) https://ja.wikipedia.org/wiki/柳家小三治

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