江戸落語このタグの資料 14 本
- 十代目柳家小三治 マクラで笑わせた、人間国宝の落語協会会長新着No.95
十代目柳家小三治は、噺の前置きであるマクラで人気を集めた。1969年に17人抜きで真打となり、2010〜2014年に落語協会の会長を務め、2014年に人間国宝となった。2021年に没した。
- 七代目立川談志と立川流 落語協会を出て、家元を名乗った人新着No.94
立川談志は1983年に落語協会を出て立川流を作り、家元を名乗った。参議院議員、笑点の初代司会としても知られ、芸も人物も評価が大きく分かれた。
- NHK新人落語大賞 1972年のコンクールから、二ツ目の登竜門へ新着No.52
NHK新人落語大賞は、1972年のNHK新人落語コンクールに始まる。1986年に漫才と統合、1990年に新人演芸大賞となり、2014年に落語部門が独立した。2025年度の大賞は春風亭一花。
- 五代目古今亭志ん生と二人の息子 昭和の名人と、馬生・志ん朝の道新着No.92
五代目志ん生は何度も改名を重ね、戦後に名人となった。長男の十代目馬生は人情噺、次男の三代目志ん朝は華のある芸で、それぞれ別の道を築いた。
- 三遊亭円朝 扇一本の素噺と、速記本が運んだ明治の話し言葉新着No.91
幕末から明治にかけて活躍した初代三遊亭円朝は、怪談噺・人情噺を自作し、道具を使わない素噺へ移った。『怪談牡丹灯籠』の速記本(1884年)は、明治の言文一致体への影響が語られてきた。
- 死神 ろうそくの火と医者になった男新着No.86
死神に教わって医者になった男が、欲に目がくらんで命のろうそくの前に連れて行かれる噺。ヨーロッパの死神譚を三遊亭円朝が翻案したとされ、原話はグリム童話説とイタリア歌劇説に分かれる。サゲは演者によって複数の型がある。
- 時そば 一文をごまかす夜のそば屋新着No.84
夜そば屋で代金を数えながら時刻を聞き、一文をごまかす男と、それを真似して失敗する男の噺。上方の「時うどん」を三代目柳家小さんが江戸に移したとされ、原話は江戸の笑話本に求められる。江戸時代の時刻の数え方が仕掛けの鍵になる。
- らくだ 乱暴者の弔いと、くず屋の豹変新着No.83
河豚にあたって死んだ乱暴者の弔いに、通りがかりのくず屋が巻き込まれる噺。上方の「駱駝の葬礼」を三代目柳家小さんが東京へ移した。酒が入ると立場が入れ替わる後半が見せ場で、東西で死骸の運び方が違う。
- 文七元結 身投げを止めた左官の五十両新着No.82
博打好きの左官が、娘の身売りで得た五十両を、身投げしようとした若者に渡す人情噺。三遊亭円朝の作とされ、六代目圓生、八代目正蔵、志ん生、志ん朝らが、長兵衛の気持ちの描き方を変えて演じてきた。
- 芝浜 酒と夫婦の人情噺新着No.81
酒好きの魚屋と妻の一年を描く、年の瀬の定番の人情噺。三遊亭円朝の三題噺とされるが作者は確定していない。三代目桂三木助が現在の型の土台を作り、志ん生・志ん朝・談志らが妻の描き方や浜の場面を変えて受け継いだ。
- 上方落語と江戸落語の違い 見台・小拍子・ハメモノは、辻噺の名残新着No.33
上方落語には見台・小拍子・膝隠しの道具とはめものがあり、江戸には前座・二つ目・真打の身分がある。違いの背景として、辻噺と座敷噺という起こりの違いが語られる。
- 戦後の落語 満洲帰りの二人と、上方の瀬戸際新着No.5
戦後の東京では、満洲から1947年に帰国した志ん生・圓生と、文楽が、ラジオと寄席で全盛期を迎えた。同じころ上方は空襲で定席を失い、名人も相次いで亡くなって衰えたが、1957年の上方落語協会結成から復興が始まった。
- 江戸後期の落語 素人の噺の会から、職業の寄席が生まれた新着No.2
1786年、大工の棟梁だった烏亭焉馬が向島で開いた噺の会が、江戸落語の再興のきっかけとされる。1798年ごろには三笑亭可楽らが寄席を開き、文化・文政期には怪談噺・人情噺・音曲噺など、のちの落語の分野が出そろった。
- 起こり〜江戸前期の落語 説教の笑い話が、辻の見世物になった新着No.1
落語の始まりは、京都の説教僧・安楽庵策伝がまとめた笑話集『醒睡笑』(1623年成立)に置かれることが多い。元禄のころには京・大坂・江戸でそれぞれ、辻や座敷で噺を聞かせて銭を取る者が現れ、職業としての噺家の原型ができた。ただし、その後は約100年の停滞がある。
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