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No.83新着 らくだ 乱暴者の弔いと、くず屋の豹変

河豚にあたって死んだ乱暴者の弔いに、通りがかりのくず屋が巻き込まれる噺。上方の「駱駝の葬礼」を三代目柳家小さんが東京へ移した。酒が入ると立場が入れ替わる後半が見せ場で、東西で死骸の運び方が違う。

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登録日時
2026年10月31日 09:43
出典を確かめた日
2026年10月31日
分野
名作を読む
立場
事実・データ
タグ
古典落語新着上方落語新着江戸落語新着滑稽噺新着演目新着師弟・系譜新着
芸人・番組
らくだ、四代目桂文吾、三代目柳家小さん、六代目笑福亭松鶴、五代目古今亭志ん生、立川談志
資料の種類
事典・概説
年代
大正期に東京へ移される

本文と出典

あらまし

「らくだ」は、長屋で嫌われていた乱暴者があだ名どおりの「らくだ」と呼ばれたまま河豚にあたって死に、その弔いの準備に、通りがかったくず屋が巻き込まれる噺である。主役は死んだ男ではなく、おとなしかったくず屋が、酒を飲んで豹変するところにある。
滑稽噺に分類されるが、死骸を動かして脅す場面などは相当に毒がある。大ネタとして上方でも東京でも演じられる。

主なできごと

・1821年(文政4年) 両国で見世物になったラクダが、大柄でのそのそした人のあだ名の由来になったとされる
・大正期 上方の四代目桂文吾が完成させた「駱駝の葬礼」を、三代目柳家小さんが東京へ移す
・昭和 六代目笑福亭松鶴が上方の名演とされ、東京でも五代目古今亭志ん生、八代目可楽、六代目三遊亭圓生らが得意とする
・1979年 四代目林家小染が独演会でかける(松鶴から稽古を受けたとされる)

成り立ち

ウィキペディアによれば、本題は「駱駝の葬礼」で、上方の四代目桂文吾が完成させた。大正期に三代目柳家小さんが東京へ移し、本郷の寄席などでよくかけたことから流行したという。その人気を詠んだ川柳が残っているとも記される。
コトバンクも、三代目小さんが上方の噺を東京に移したものだと述べる。ここまでは二つの出典が一致する。
題の由来は、1821年に両国で見世物にされたラクダだとされる。江戸の人々は、その大きな図体を不思議がり、のそのそした大柄な人をラクダにたとえた。この説明は一つの出典の記述であり、別の出典で裏づけてはいない。
原話や、上方での成立の詳しい年は、今回開いた出典では確かめられなかった。

あらすじの骨組み

長屋の乱暴者が河豚にあたって死ぬ。兄貴分の半次は、葬式を出す金がなく、通りかかったくず屋の久六を脅して、香典集めや酒肴の調達を手伝わせる。
半次は、酒肴を断った大家に対して、死骸を使った嫌がらせをして従わせる。ここで届いた酒を二人が飲むうちに、気の弱かったくず屋の様子が変わり、立場が逆になる。
やがて二人は、死骸を樽に入れて火葬場へ運ぶ。途中で樽の底が抜け、拾い直すうちに、道で寝ていた願人坊主を間違えて運んでしまう。
サゲ(落ち)は、目を覚ました坊主の勘違いから、言葉の音を重ねた地口オチだとコトバンクは書く。台詞そのものは書かない。

東西の違い

上方では、酔った二人が死骸入りの樽をかついで町を練り歩き、店に因縁をつけて金をせしめてから火葬場に向かう型だとされる。火葬場は千日前の設定である。
東京では火葬場を落合とし、演者によって演出が大きく変わる。二代目蝶花楼馬楽は、色町の口三味線を交えて運ぶ型をとった。五代目志ん生は、大家の場面を大胆に省き、八百屋の場でくず屋に語らせた。八代目可楽は、髪を剃る場面を凄惨に演じたとされる。
サゲの扱いにも違いがある。終盤は笑いが減るとされ、久六が豹変する辺りで切る演者が多い。談志は願人坊主が瘤を嘆く場面から独自のサゲを作ったとウィキペディアにある。

名演の系譜

上方では、六代目笑福亭松鶴が特に高く評価されたとされる。四代目林家小染は松鶴から稽古を受け、1979年の独演会で演じたという。ほかに、四代目桂文団治、四代目桂米団治、三代目桂雀三郎、初代桂春団治のSP録音が知られると記される。
東京では五代目志ん生、八代目可楽、六代目三遊亭圓生が得意としたという。三代目志ん朝は、若いころに松鶴の口演を見て衝撃を受けたと語っているとされる。
歌舞伎でも、岡鬼太郎の「眠駱駝物語」で、初代中村吉右衛門のくず屋が当たり役になった。

なぜ受け継がれてきたのか

この噺は、誰が見ても死んでいる男を軸に、生きている二人の力関係が逆転するという構造を持つ。くず屋が最初は気弱で、酒で人が変わるという落差を、演者は声の調子と間だけで出す必要がある。腕のある演者ほど、この変化を丁寧に見せられるため、大ネタとして受け継がれたと考えられる。
また、上方と東京で、死骸の運び方、火葬場の名、サゲの切り方が違い、演者に工夫の余地が広い。東西の演者が互いの口演に刺激を受けた例が、ウィキペディアにも志ん朝の話として残っている。

確かめられなかった点

上方での成立の詳しい年、原話の具体的な出典、ラクダの見世物と題の関係を裏づける別の資料は、確かめられなかった。個々の名演の評価は、ウィキペディアの記述が中心である。

くらさんの考察

葬式という重い題材を笑いにできるのは、死んだ男が最初から最後まで一言もしゃべらないからだと考えられる。動かないものを脅しの道具にして、生きている人間の変わりようだけを見せる。この割り切りが、重さを軽さに変えているように思える。

ジージへの問いかけ

・ジージは「らくだ」を、上方の口演と東京の口演のどちらで先に聞きましたか。
・酒で人が変わる人を、身近で見たことはありますか。
・死んだ人を笑いにする噺を、どこまで笑えますか。

出典

・ウィキペディア「らくだ(落語)」 https://ja.wikipedia.org/wiki/らくだ_(落語)
・コトバンク「らくだ」 https://kotobank.jp/word/らくだ

動画

・六代目 笑福亭松喬 らくだ(六代目 笑福亭松喬 落語公式チャンネル)https://www.youtube.com/watch?v=uQG14WGnL6Q

関連動画

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